発病前の頃1
中学生になる頃。
私は公立の中学だったため、地域の協定により
みんなと違う中学校に行くことになった。家の近くに中学校があ
るにもかかわらず自転車で片道30分かかる遠い学校へ行くこ
とになった。知り合いは一人しかいなかった。「転校」のよう
なものだった。入学式から私は「私の居場所はここじゃない」と
思っていた。その思いは三年間変わらなかった。早く卒業した
いと思っていた。卒業したからといって小学生に戻れるわけで
はないのだけれど。部活は卓球部に入った。運動は苦手だっ
たけれど卓球なら私にもできるのかもしれないと思って入った。
友達もたくさんできた。しかし私はずっと寂しい気持ちのままだ
った。小学校の友達と会うこともなくなっていった。部活が忙し
かったからだ。卓球といえども運動部。休日も練習がある。勉
強の方では宿題がたくさん出るし、私はそれを完璧にやらなけ
れば済まない性格だった。完璧主義なのかもしれない。空虚感
のようなものが私をずっと覆っていた。「小学校に戻りたい」それ
しか考えていなかった。だから中学校の生活は相当なストレスだ
った。二学期に入る頃、「疲れやすい」自分に気がついていた。
疲れが抜けない、気分が沈んで、「いつもの私じゃない」と思った
。休み時間は眠ってばかりだった。眠くて仕方がなかった。疲れ
方がすごい。体力も元々なかったけれど、きっと、それだけじゃ
なかった。足や腕の痛みも現れていた。成長痛だと解釈してい
たが、あまりにひどいので整形外科でレントゲンを撮った。しか
し異常はなかった。発病の前触れだったのだ。それでもまあな
んとか無理して頑張っていた。「根性」とか自分で言ってみたり
して。勉強をすごく頑張った。クラスで2、3位くらいだったかな。
どうしても抜けない頭のいい人がいて、1位は取れなかったが
。塾も行って部活もして、大忙しだった。その疲れは「体力
的なもの」だと思っていた。「精神的な疲れ」は私自身分かっ
ていなかった。小学校の友達と別れたことが大きなストレス
になっていたし、喪失感を抱いていたのは事実なのに、見え
ないフリをしていた。自分の心に蓋をしていた。時々来る友
達からの手紙が唯一私の心を支えていた。
この頃は謎の疲れと睡眠の質が悪いことが私にとって問題
だった。部活が休みの日は寝潰し、勉強するか寝るか、部
活か、の毎日。頑張っていた。なんとなく気分が晴れないこ
とも、学校に対する拒否感とでも言うのであろうか、そんなも
のが原因だろうと思っていた。
中学一年生だった。
| 固定リンク


コメント
私も中学校時代はあまりいい思い出が残っていません。環境の変化は精神的にかなりダメージをうけますよね。とても辛さが伝わってきました。
またのぞきにきます。
投稿: モティ | 2007年1月 3日 (水) 16時56分
モティさん訪問ありがとうございます☆
私も遊びにいきますので
また来てくれたら嬉しいです。
投稿: てるてる | 2007年1月 3日 (水) 17時08分