新しい生活
嫌々母親に連れられていったような入学式。
雨の降る入学式だった。ここから新しい生活が始まった。
とはいっても大学までは自宅から通学なのでそれほど
変化があるわけではなかったけれど。
新しい友達もできて、とにかく私は「明るく楽しいフリ」
をしていた。みんなに合わせる為である。その技術
さえ身につければなんとかやっていけるのだった。
だが体調は最悪で、朝の電車に乗ると貧血でフラフラ
していた。そして一年生の単位をきちんと取ると
一日大学で過ごすことになる。それがまたきつかった。
朝から頭は割れるようにガンガン痛いし、午後になると
(それも夕方になると特に)すごく疲れて酔ったような
感じになっていた。すごく疲れる。それでも私は休む
ことができなかった。個別指導の塾でバイトを始めた。
個別の為、一人一人に教える。人が苦手なので
わざと人に接することでそれを克服しようと考えた。
普通に話すことがとても大変だった。おかしくなる前に
はある程度人と話すということができたのだけれど
おかしくなってからはそれが難しくなっていた。
自分のおかしさをどうにか克服できないか、と模索し
ていた。生徒の前では逃げられない。そういう環境に
自分を置いて、慣れようと考えていた。自分を使って
実験しているような感じだった。とにかく何かをしてい
ないと不安で不安で仕方がなかった。大学の教室の
中でも視線と妄想はきつかった。先生からの視線は
相変わらず怖くてずっと下を向いていた。そして
そこらじゅうで喋っている学生の声が、全て私のこと
を言っているようだった。電車の中の人が喋っている
内容も全て私への中傷だと思っていた。それにひたす
ら耐えていた。私のおかしさは心理学の範疇だろうと
思っていたので、心理学の講義を取った。そのときに
病気として統合失調症のことも扱った。しかし、それら
は抽象的で実際の私の症状と重ねてみることはでき
なかった。全く気がつかなかった。いろいろ自分の
おかしさは何なんだろうと探っていた。本屋に行けば
心理学の本を見てみたりもした。私の模索活動は
完全に私一人で行った。親にも絶対に話さなかった
し、誰にも相談することはなかった。ずっと一人で
抱え込んでいた。相談する、という能力がなかった
のかもしれない。今まで私に起きた全てのことは
あまりにも怖すぎて、言葉にすることができなかった
のである。だから話すことはできなかった。
そんな大学生活の始まりだった。
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