接客業
大学二年生の春、私はこれまでやってきた対処法を広げようと
思った。人が苦手で近くに行くとその人が私のことを悪く思って
いるということがわかってしまうのが嫌だった。
それをどうにか克服したいと思った。人が苦手ならば、人と接し
なければならない状況に自分を陥らせればいいのではない
かと思ったのである。塾を辞め、レストランでのアルバイトを始
めた。当然店では人間関係もある。私は自らを発することが
できない。自分というものがわからない。だから適当に自分
がどういう人間であるかを創作して話すことにしていた。
本来の私とは違う性格を相手に想像させ、とりあえず「私」像
を作った。職場の人たちが私のことを悪く思っているという
思いはいつもあった。客も私への悪口を言っているのだと
思っていた。でも、私は辞めようとは思わなかった。
ひたすら耐えたのである。そのうち、注文もぎこちないけれど
取ってこれるようになり、何より人の前に出ることが、嫌では
あるのだけれどもできるようになった。最初のうちは客の顔す
らマトモに見ることのできない状況だったが、慣れというもの
により、店員という形になんとかなった。物覚えも理解もすごく
良くなくて、一度言われたことをすぐに忘れてしまう。そして
何より、指示が理解できない。これには困った。何度言われ
てもわからない。意味が理解できない。仕事の大きな支障
だった。職場の人たちは何度も丁寧に説明してくれた。
感謝である。慣れるのには時間がかかったが、成長という
面で見れば、私は飛躍したと思う。元々人の前に立つような
タイプではなかったから、責任のある仕事をするということは
糧になった。荒療治だったが、人と会話するトレーニングに
なった。アルバイトに行くことで、「自分」を思い出すという
作業をしていたのかもしれない。朝起きたら、自分がいない
。真っ白になってしまっているのだ。一日かけてやっと自分
を作っても、また朝になったら自分がいなくなる。それが
怖くて仕方がなかった。アルバイトに行けば、仕事をしてい
るうちに、「仕事をしている自分」を思い出すことができた。
アルバイトは訓練の場であり、自己確認の場でもあった。
今考えれば、よくあんな状態でやっていたものだと思う。
頭の中がごちゃごちゃで、すごく疲れた。その疲れ方が
半端じゃない。睡眠の質が悪いこともあったのかもしれない
。学校が終わってアルバイトに行って、家に帰る頃には
ぐったりしていた。それでも私は、自分のおかしさが克服
できるのならばいくらでもやってやる、と思って頑張っていた
。休めないというのも、頭の中の指令によるものだったと
思う。いろいろ「やれ!」と指令されるから逆らえなかった
のだと思う。まあ、アルバイトで得たものは大きかったから
当時やっていたことは否定しないことにしようと思う。
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コメント
お久しぶりです。
島クマもてるてるさんとほとんど同じような経験があります。
島クマの場合も極度の緊張と物覚えの悪さでとても苦労しました。
さらに追い討ちをかけるように、その時勝手に減薬していたので、病気がひどくなってしまって幻聴と職場の人たちに心の中や、思っていることが見られているような状態になってしまい、無断欠勤状態になりやがては入院してしまった経験があります。
でも仕事で学んだ経験や成長はてるてるさんと同じくムダでは無かったと、今でも思っています。
これからも色んな経験をしてゆっくりとでも成長していければいいと思ったりしています。
投稿: 島クマ | 2007年2月16日 (金) 18時21分
島クマさんお久しぶりです。
減薬は医師に基づいて行ったほうがよいですね。
仕事をするには病気が邪魔をしますよね。
職場は人間関係があるので余計かもしれません。
でもきっと今までしてきた仕事は私の一部になって力となっているに違いありません。やりすぎないように、加減して、成長していくのがいいのかもしれません。病気の自分を否定せずに、全部含めて自分なんだと思って生きていこうと思っています。
投稿: てるてる | 2007年2月16日 (金) 21時31分