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2007年10月13日 (土)

カウンセリング

大学一年生の秋。

私はパニック障害について、以前から誰かに相談しようと

思っていた。いろいろ考えてきて、パニック障害という言

葉を知った雑誌に載っていたカウンセラーに直接会いに

行けばいいのではないかと思っていたのである。

これも一人での計画。そのカウンセラーのいる機関を

携帯電話で探した。パソコンから調べると、調べたことが

誰かに漏れるのではないかという恐れを抱いていた。

携帯電話も怪しいと思ったが、調べる方法はそれだけ

だと思って使った。機関の電話番号を得たときは安堵

感のようなものに覆われた。今まで誰にも話すことの

できなかった世界から解放されると思ったからである。

機関に電話することをやっとの思いで決意し、電話を

した。携帯電話からかけると、これもまたかけた番号

が誰かに知られると思い、わざわざ公衆電話からドキ

ドキしながらかけた。私は人生において初めてのカウ

ンセリングの予約枠を獲得した。カウンセリングでは、

私が今までしてきたことを話そうと思った。今までは

言葉に表すことができなかったことを、話そうと思った

。相当な覚悟がいった。だから何度も念入りに言う事

を確認したりしていた。カウンセリング当日。学校の

帰りに行った。親には適当に、買い物とか何とか行

ってごまかした。今まで写真でしか見たことのなか

ったカウンセラーと初のご対面である。私は緊張し

ながら話した。私が今までやってきた対処法につい

てなどを。死のうと思ったことも初めて口に出した。

中学三年の過呼吸発作から5年間一人で抱えていた

不安を、初めて外に出したのである。緊張した。

カウンセラーは私の対処法を誉めてくれた。

これはパニック障害への対処法として話した。

カウンセリングは、私の対処法+完結に向かって

行われる、ということになった。

回を重ねるに連れて、パニック障害以外の症状

も話した。監視されているということは、ずっと

視線恐怖だと思っていた。鬱の気分があるということも

話した。しかしカウンセリングには限界があった。

薬を使うことをカウンセラーに薦められたりしたが、

私は小さい頃体が弱くて病院は嫌な場所、という

風に刻み込まれていたので、拒んでいた。カウンセラー

は、薬を使うことのメリットについて詳しく説明してくれた

が、私は拒み続けた。その他、人が私のことを嫌がって

いる、とか友達と一緒にいたくない、等々を話した。

カウンセラーは「友達といたくないのなら一人で居るとい

うこともできる」とアドバイスしてくれた。しかし、私は

友達でもそうでない人も私に関わってくるということから

解放されたかったのだと思う。それを上手く表現できなか

った。カウンセリングは極秘のもので、費用もバイト代か

ら出していた。そして途中で、「私は発作の不安からは

もう脱出している」と思い、カウンセリングをやめた。

カウンセラーが私の病気を疑っていたかどうかは疑問

だが、カウンセリングの終了時に、「一応」という

ことでクリニックを紹介された。学校に近いクリニック

と、都心にあるクリニックである。私はカウンセラーに

住所を教えていなかった。親に知れたら嫌だと思った

からである。秘密は厳守、ということにはなっていたが

どうしてもそこを信用することができなかった。

このカウンセリングが有効だったかどうかは分からない

が、とりあえず発作の不安からは脱出できた。私は

発作の不安を沈める方法を自分で考え出していた訳で

あるが、この方法で本当に良いのか、ということを確か

めたかったのかもしれない。それをカウンセラーに認め

てもらうことで安心できたのだろう。その点では良かった

が、カウンセリングを終了した後も依然として残る頭の

不快感。見られている感じ。私の悪口。これらはカウン

セリングではどうにもならないことだった。

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