一つの山
高校三年生になった。
この頃には、もう私はおかしな世界で生きていく術を
完璧に身につけていた。三年間必死に試行錯誤したことに
よって、不安や苦痛を感じながらもなんとかやっていくことが
できるようになってしまっていた。普通に考えれば薬を使って
もっと楽に生活することができた。しかし薬を使うという
発想自体が当時の私には浮かばなかった。病気、という意識
がなかったためである。ずっと、自分の努力でどうにかなる
ものだと思い続け、なんとかやり過ごすことを覚えたのである
。そんな高校三年生の夏である。受験だ何だ、と忙しい時期
であった。通信教育についてきた雑誌にふと目がいった。
心のことに関してだった。読んでいくうちに、ああ、私の症状
と同じだ、と思ったのである。中学三年生のときの過呼吸
発作のことがずっと頭から離れないままであること。
未だに不安感があるということ。ここで私はパニック障害とい
う言葉を知るのである。心臓がドキドキして手足が痺れ、死
ぬのではないかという不安感・・・。もう、私の中に渦を巻いて
いた謎が一気に解明されたような感じだった。ずっと、何だろ
うと思っていた。過呼吸の発作も含め、私はそれらの不安感
に病名があることを知った。すごくホッとした。ああ、やっと
謎が解けた、という感じだった。そして今までのおかしさは
全てパニック障害のせいだと思った。当時はまだパニック
障害について特に報道されていなかったので、それを
知ったときには安堵感で一杯だった。私だけではないのだ
ということを知ったからである。しかし、私はパニック障害
と医師から診断されたわけではないので、ただ、症状が
当てはまった、というだけである。過呼吸と共に訪れる
発作が、パニック障害の症状と一致すると自分で思った
だけである。だから何とも言えないのではあるが。
そのときは、とにかく今まで分からなかったことが
はっきりとした、という感覚ですっきりした。自分で努力
してきたことが認められた、と言ってはおかしいのだろうが
そんな感じだった。まあ、病名なんてどこからどこまでが
何、というように振り分けられるものではないから、そんな
に大きな意味を持つわけではない。しかし、自分で何が
何だか分からずにいたことが分かったことは嬉しいこと
だった。その後にパニック障害の症状以外の症状が
ある自分に疑問を持つことになるのだが。
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コメント
病名が少しずつ明らかになるのはすっきりすることですよね。
私は医者に何度聞いても神経過敏からくるうつ症状としか教えてもらえませんでした。そのときは中途半端な言い方で凄く気になってましたが、今は人それぞれなんだろうなぁと思うようにしています。
投稿: YUU | 2007年1月22日 (月) 15時23分
そうですね。
人それぞれですよね。私ははっきりしてもらった方がいいタイプみたいです。自分のことでわからないことがあると気になってしまうので。知らない方がいいという人もいますよね。
投稿: てるてる | 2007年1月23日 (火) 15時13分